2020年2月13日(木)21時からフジテレビ系にて放送の「直撃!シンソウ坂上」にて女優の中村玉緒(なかむら たまお)さんが取り上げられます。
今回は、中村玉緒(なかむら たまお)さんのあれやこれやを調査していきたいと思います。
目次
中村玉緒(なかむら たまお)のwikiプロフィール・本名・年齢・身長・血液型・出身・所属事務所など
それでは、中村玉緒(なかむら たまお)さんのプロフィールを紹介していきましょう。
中村玉緒(なかむら たまお)のプロフィール
本名 : 奥村玉緒(おくむら たまお)(旧姓:林)
生年月日 : 1939年7月12日(80歳)
出身地 : 京都府京都市左京区
身長 : 156cm
血液型 : O型
職業 : 女優・タレント
ジャンル : 映画・テレビドラマ・舞台・バラエティ
活動期間 : 1953年~
所属事務所 : 長良プロダクション
中村玉緒(なかむら たまお)の経歴
中村玉緒さんは、1953年に当時の本名である「林玉緒」名義にて松竹映画「景子と雪江」に初出演されますが、その後出演のお呼びはかかりませんでした。女優の道をあきらめきれなかった玉緒さんは、親戚で大映の重役も兼ねていた長谷川一夫に頼み込み1954年に大映へ入社することになります。重役の親戚という事で、当時破格の月給2万円、ハイヤーで撮影所通いという優遇ぶりでしたが、主役が回ってくることはありませんでした。
1960年代半ばまでは、幼馴染の市川雷蔵さんや山本富士子さん、若尾文子さんらスターを支える脇役として活躍されます。1970年代になるとテレビドラマに進出され、母親役などで活躍されます。
1994年には、明石家さんまさんに見いだされバラエティ番組に進出され、強烈な天然ボケキャラクターで人気を得ます。それに伴い今まで脇役だったドラマや舞台が主演で回ってくるようになります。
中村玉緒の出演
テレビドラマ
大河ドラマ 『新・平家物語』(NHK)
『あかんたれ』(東海テレビ)
『がしんたれ』(東海テレビ)
『いのちの現場から』シリーズ(MBS)
『おばはん刑事!流石姫子』シリーズ(テレビ朝日)
映画
『景子と雪江』(1953年)
『銭形平次 捕物控』シリーズ(1954年~1961年)
『赤胴鈴之助』シリーズ(1957年~1958年)
『ぼんち』(1960年)
『大菩薩峠』(1960年)
『黒い十人の女』(1961年)
中村玉緒の父親や祖父・兄など家系図がすごい!
中村玉緒さんは、承知の方もおられますが歌舞伎の世界つまり梨園の出身です。玉緒さんを巡る家系図を紹介したいと思います。
まず祖父は、初代中村鴈治郎さんです。
この方は、明治・大正期の上方歌舞伎の名優で、当時は「城と御興とガンジロはん」の三大名物に数えられるほどの花形役者でした。
次に父親は、人間国宝にも選ばれた二代目中村鴈治郎さんです。
父である初代中村鴈治郎の名跡を受け継ぎ、上方歌舞伎の伝統を継承し二枚目役においてその本領を発揮された名優です。当時は上方歌舞伎が凋落期で活躍の場を求めて映画やテレビにも出演されています。
兄にはこれも人間国宝に選ばれた四代目坂田藤十郎がおられます。
二代目中村扇雀→三代目中村鴈治郎→四代目坂田藤十郎と襲名をされており、二代目中村扇雀時代に演じた「曾根崎心中」のお初は当たり役とされており、全国では「扇雀ブーム」が起き扇雀飴本舗という名前にあやかった会社名ができたほどでした。
妻は元参議院議長の扇千景さんです。
夫・勝新太郎との馴れ初めは?
中村玉緒さんは、1962年に俳優の勝新太郎さんと結婚されています。
勝さんと玉緒さんは大映の同期で、1955年に映画「かんかん虫は唄う」で共演されています。その時に勝さんは玉緒さんを見初め、1960年の映画「不知火検校」にて再び共演された際に勝さんが熱烈に求愛し、玉緒さんもその気になりました。会社もふたりの仲を認めざるを得なくなり、玉緒さんが撮影中に勝さんが迎えに来ると、「勝さんが来ているから…」と、早めに撮影を切り上げることもあったそうです。
破天荒な勝さんに振り回されることとなりますが、玉緒さんは「生まれ変わってもあの人と一緒になりたい」とおっしゃるほど一途に愛されています。
まとめ
今回は「直撃!シンソウ坂上」にて取り上げられる中村玉緒さんについて調査しました。
今の若い人には、中村玉緒さんは「さんまのバラエティ番組にでている面白いおばちゃん」という認識だと思いますが、実は梨園の名家に生まれたお嬢様で、ドラマ・映画に多数出演されている女優であることも分かっていただいたと思います。
今回もお読み頂きありがとうございました。
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