G20サミットという、間違いなく、今年最大級のイベントも無事終了し、厳戒態勢で圧迫されていた市民の平常の生活も、戻ってきました。
最大の懸案でもあり、行方が心配されていた米中貿易戦争も、協議の再開と米国からファーウェイへの部品供給の解禁という、実利的な結果が出て、安心感が広がりました。
市場は、このニュースを好材料と捉えて、素直に反応して、株価が上昇に転じています。
トランプ大統領の選挙を睨んだ目論見の一つとして、海外へ移転してしまった工場をアメリカ国内へ呼び戻して、雇用状況を改善する事があります。
しかし、アップル社は、採算ラインのギリギリまで、中国から生産拠点を動かさない意思を示しています。
逆に、今まで米国内の工場で生産していたマックプロを、中国で生産する事を決定しました。
そこには、単に工場の建設地を移せば良いという簡単な問題ですまなくなった、複雑な工業生産品の事情があります。
単に貿易条件だけでは、判断できない、複雑な国際分業の現場について調べてみました。
米中貿易摩擦の現状
G20サミットが始まるまで、香港デモの件で痛い腹を探られたくない習近平国家主席と、何としてでも場に引きずり出したいトランプ大統領の間で、緊迫した綱引きが展開していました。
かなりの確率で、習近平氏がG20の出席を取りやめるという噂も出ていました。
最終的には、事前の電話による両者の会談で、何かしらの条件が提示されたのか、習近平氏は出席し、中断していた米中貿易協議も再開しました。
新たな関税品目の追加もありませんでしたし、ファーウェイに対する米国からの部品の禁輸も解禁されました。
これをもって、米中貿易戦争は、底を打ったと観測する向きもあります。
現在のアップル社の中国工場での生産体制
実は、徹底合理主義のアップル社は、中国にある生産拠点についても、直接投資して建設してはいません。
Foxconn(鴻海科技集団 )やその他のEMS(受託生産)を専門とする企業へ生産委託する形で、工場自体もアップルの所有物ではありません。
その為、従業員の待遇や社会保障に関しても、完全に切り離した低コスト体質で生産していて、アップル社の売上自体は、スマートフォン業界の12%程なのに対して、営業利益では、90%以上の一人勝ち状態の高収益を挙げています。
そうした、街にも匹敵する従業員を抱える巨大工場が、一日に生産できるiPhoneの数は、50万台とも言われています。
アップルがマックプロを中国工場で生産する理由
製造業の対する誤解の一つが、工場さえ移転してしまえば、何の問題も無く生産が移行できると考えられている点です。
トランプ大統領の考えも、この単純な理屈で組み立てられていて、しきりにアップル社に対して、アメリカ国内で生産しろと圧力をかけています。
しかし、これが大きな間違いで、工場というのは、生産設備にすぎず、製造ノウハウというのは、現場で働く人間に蓄積されるという事です。
特に、一度、利益効率を求める余り、国内の工場を整理して国外へ出してしまったアメリカには、現場でリーダーの務まる技能を持った中間管理職が不足しています。
つまり、単純に国内に生産拠点を戻しても、中国と同レベルの生産効率は、期待できないという深刻な事情があります。
その上、確実に人件費や社会保障費も上がりますし、そもそも工場施設自体が、経営の視点でみると大きなリスクです。
製品が売れているうちは良いですが、売れなくなった時、工場というのは、巨大な負担になる可能性があります。
特に世界中のiPhoneの半分を製造している言われる中国の生産拠点は、地元自治体からの税制優遇・数十年かけて作り上げた周辺に散在するサプライヤー企業群・物流体制と、巨大な経済圏を作っていて、この優位性は、多少のモノでは、引き換える事ができません。
少しでも生産性を上げて、利益率を取るには、アップル社にとって、中国で生産する事は、必須なのです。
まとめ
iPhoneのように、高度な情報機器になると、製造に関しても高度なノウハウが必要とされます。
しかも、製造に関するノウハウというのは、設計と違って、現場以外で培われる事が、殆どありません。
つまり、環境も含めて、最も効率よく生産できる場所というのは、一度設定されてしまうと、簡単には変わりません。
もし、経営的視点で、生産品から多くの利益を出そうと考えるなら、そういう場所で生産するのが一番です。
アップル社が、新型のマックプロの生産を、アメリカ国内から中国に移したのも、そういう判断が働いたと思われます。
そして、良くも悪くも労働者の権利が確立しているアメリカでは、確実に製造コストが、賃金とは別の部分でも跳ね上がるのが大きいです。
製造自体も外注してしまっているアップル社にとって、中国での生産は、そういうコストをカットして製造できるという事です。
単純に人間の頭数で、コストを考えられる時代というのが、終わっている事が、トランプ大統領が顔を真っ赤にして、国内への生産業の回帰を訴えても、アップル社が応じない理由です。